aroma72 ハーブ天然ものがたり

魔術から化粧品、厨房から医薬まで。ハーブ今昔、天然もの、所感まじり。

奥ゆかしい光沢 日本のハーブたち

秋の七草


万葉のうたからはじまったとされる秋の七草。


萩(はぎ)、桔梗(ききょう)
葛(くず)、藤袴(ふじばかま)
女郎花(おみなえし)
尾花(おばな)、撫子(なでしこ)
・・・。




7・7・5・7とことばを紡ぐと、つづけて5か7文字のことばを紡ぎたくなってしまいます。


春の七草はもっぱら粥(食)につながるイメージですが、秋の七草は「見る、観賞する」花々。
とはいえ
・葛湯や葛根湯になるクズ
・めまいやのぼせの煎じ薬だったハギの根
・咳止め、去痰作用のあるキキョウの根
・膀胱炎やむくみに良いとされるナデシコの種子
・防虫剤、髪の芳香剤、神経痛のための入浴剤として使用されていたフジバカマの茎や葉
・全草と根に消炎、利尿作用のあるオミナエシなど
どんな植物にも薬効は備わっています。


オバナ(ススキ)は茅なので屋根材や家畜の飼料として重用され、仲秋の名月には収穫物と一緒に供えて翌年の豊作を祈願することで、田畑が悪霊から守られると信じられてきました。
ススキのススには、葉がまっすぐ天にむかって「スクスク育つ」という意味がこめられています。



オミナエシの空飛ぶ絨毯


秋の七草は花の美しさが際立つ植物たち。
女郎花は遠目からその群生を眺めると、独特な黄色の光沢に包まれ、ふんわりした絨毯が、宙を舞い飛んでいるように見えます。


逆に近くに寄って、ひとつの花を細かく分割し、切り刻むように見る、あるいは分析・研究対象として注視すると、ガクの形や花弁の枚数などは覚えられますが、こころの内に印象として刻まれることはありません。


風情や気配は外に追いやられて、似たような形の黄色い花をつけるフェンネルやディルとのちがいを探すために、さらに細かく、根の形や葉のつき方など、部位別に分解し、微妙なちがいを探す、重箱つつきの道にはまり込んでしまいます。
数十年前のことではありますが、アロマやハーブの資格を取るために勉強したときは、この手法で色々覚えなければならず、控えめに言ってめっちゃ苦行でした。



「にらみつけるように見る」
「ひとつも見落としのないように見る」
自分の立ち位置を堅持して、見るものと見られるもののあいだに生まれるエネルギーをノイズかゴミ情報としてカットする姿勢は、社会でサバイブするときには必要な能力かもしれません。
ですが花を愛でるときや精油の香りを聞くときには、スイッチを切り替えて、そこに漂う気配に身をゆだねる。
そんな姿勢も、感性に栄養がいきわたるひとつの健康法として、ゆっくりと認知されてきたように思います。



日本の風土、土地神様


桜、椿、藤、菊、梅の花は日本を代表する花々といえます。
秋の七草も、万葉のうたや源氏物語などに登場し、1000年1500年と日本の土に根づいてきた花々です。


植物は土と水と太陽の光で育ちますが、その国の印象というか土地柄をみごとに体現しているように思います。
女郎花も原産国のひとつとして日本が明記されており、フェンネルやディルと似ているようで似ていない、日本独特のふんわりと輝くような気配をもっています。
輝くといってもキラキラまばゆい感じではありません。
内側からどうしようもなくにじみ出てしまう、深みのある奥ゆかしい光沢です。
それは桔梗も撫子も、藤も桜も菊の花にもある光沢で、仮に同じ種を日本以外の国で育てたとしても、1000年後には輝き方がちがっているように思うのです。


日本の野草は産業品として、西洋のハーブたちと肩を並べて世界に流通するに至ってはいませんが、それはきっと日本人が、植物を学術的見地から切り刻むように見る、研究する姿勢を、思いつかなかったから?と考えています。


植物の薬効が研究され、くらしに役立てられるようになったことにはとても感謝していますが、万葉のうたに詠まれたような、源氏物語に表現されたような「いとをかし」の精神性は、日本の土地神様の個性なんだろうなぁ、と感じています。




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